2026年04月06日

春の訪れ

皆さん、こんにちは。
ブログを更新していない間に、春がやってきました!
散歩をしていると、こんな方に出会いましたよ。

イチョウの芽吹き.JPG

イチョウの芽吹きです!
イチョウが、こんな風になっているなんて、これまで知りませんでしたあせあせ(飛び散る汗)
これがどんな風になるんだろう?と思い、一週間後に再び行ってみました。

イチョウの葉.JPG

いやぁ、知らないことばかりです!
自然に触れ、その不可思議さに驚き、感動し、ワクワクしたおかげで、私の内側も動き出しました。

ずっと途中になっていて、仕上げられていなかった絵の続きを描きはじめられたのですぴかぴか(新しい)私たちは自然の一部であるということを思い出させてくれる出来事でした。

たくさんのかわいい人たちも・・・黒ハート

ヒメオドリコソウ.JPG

水色の花.JPG

ホトケノザ.JPG

ハコベかな.JPG

うずくまってお花を見ていたら、向こうのほうから「なにやってるの?」と声がしました。
そちらを見ると、小さな男の子が私に向かって言っているようでした。

「お花の写真を撮ってまーす」と答えたけれど、その子はもっと近づいてきて「なにやってるんだーい」と再びお尋ね。素直な疑問でかわいいね。

私は「小さなお花をみています」と答えました。横にいたお父さんが私にお礼を言い、男の子に「お花を見ているんだって」と伝えてくれました。

会話をありがとう。
楽しい散歩の時間になりました。
自然の皆さまにも感謝です。



平野有希のHP:https://y-hirano.skr.jp/



posted by YUKI HIRANO at 17:48| 日々の出来事

2026年02月04日

ファンタジーの力

皆さん、こんにちは。

ヴァイオリンを教えたり、ヒーリングをする仕事をしながら、「アレクサンダー・テクニークの教師養成スクール」と「ヒーリングスクール」のクラスや宿泊研修に通っている毎日です。

慌ただしい日常は相変わらずですが、このところ、こどもの時に読んだ物語や、まだ読んでいない児童文学書をゆっくりと味わうように読んだりしています。

その物語たちは、とても大切なことを思い出させてくれたり、自分の中に失ってしまったように思える想像する力を、もう一度、働かせてみたいと思わせてくれています。

年末から年明けにかけて読んだのは、ミヒャエル・エンデの「モモ」。

エンデの作品で有名な「はてしない物語」のほうは、1980年代に「ネバーエンディング・ストーリー」という題名で映画化されたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

私も、どうしても見たかったので、弟と二人で映画館に見に行ったことを覚えています。続けて2回も見てしまいました(笑)

「モモ」は、大人になって初めて読みました。
ああ、もっと早く出会ったらよかった、と思いましたが、今がちょうどよいタイミングだったのではないかとも感じています。

まだ読んでいない方は、ぜひ本を手に取ってみてください。

この動きの速い現代の社会で生きる大人たち、こどもたちにとって、「時間」とは何か、生きる上で大切なことは何かを問いかけてくれるのではないかと思います。

私は、主人公の女の子「モモ」のように、何かにじっと耳を傾けることを、日常で実践しはじめています。
このことと、私自身の「この人生での夢」は、つながっていると感じています。

まだ、どのようにつながっているのか、つながっていくのかはハッキリとはわかりませんが、こちらの方向に進めばいいんだという確信はあります。

さて、モモの後に読んだのは、宇野和子さんの「ポケットの中の赤ちゃん」。
こどもの頃に読んで、とても好きだった本です。

調べてみると、図書館で借りれることがわかり、昔の記憶も思い出しながら読みました。
物語の一部しか覚えていなかったけれど、覚えているところは、主人公の少女の行動に自分を重ねて、体感を持って、自分も物語を体験していたのだとわかりました。

どちらの本も「冒険」「旅」「自分を信じる」というような要素があるように思いました。
きっと、今の私に必要なことなのでしょうね。

このようなファンタジーの世界での体験も、私自身の栄養になるのだと思い出しました。こどもの頃は、学校の図書館の本を片っ端から読んでいたなと思い出しました。

勉強のために読む必要のある本も、とっても沢山あって積読になっていますが(汗)、心の力、想像、創造の元となる物語も、少しずつ読んでいきたいと思います。

実生活では、5/24(日)に、千里丘市民センター多目的ホール(JR千里丘)にて、生徒さんの「ヴァイオリン・フィドル・合奏発表会」を開催するので、その準備で忙しくしています。

3/29(日)には、studio art point(JR千里丘)にて、AM10時〜12時 対面の音楽講座(入門編)、午後からは弾きあい会を開催します。

対面の音楽講座は、本当に基本の「き」のところからやりたいと思います。弓の持ち方や、音の出し方などからやりますので、どうぞ外部の皆さまも、よろしければお問い合わせください。



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posted by YUKI HIRANO at 15:01| 日々の出来事

2026年01月03日

2026年が始まりました

皆さま、2026年が始まりましたね。
どのようなお正月を迎えておられるでしょうか?

私はゆっくりしながら、一方では追いついていない仕事の雑務をこなしていますあせあせ(飛び散る汗)

冬至に宣言した「ヴァイオリンで、ただただ音を出す時間を持つ」ということは、毎日は行えていないのですが、やってみて気づいたことがありました。

それは「ただただ音を出す時間を持つ」ことを毎日していると、お腹がいっぱいになる感覚になるということでした。(これは一般的にいう「ヴァイオリンの練習」とは別のことをしています。)

もちろん、肉体のお腹がいっぱいになるわけではないですよ!なんというか「今日はもうしなくていいわ」という感覚と言えばいいでしょうか。

私は飽き性ではないですし、よくも悪くも、決めたことを病気でもやり通す力はありますので「サボるための言い訳」ではないのですが、何か自分の中のバランスの問題が生じていると感じました。

それで、「ヴァイオリンで、ただただ音を出す時間を持つ」と宣言した時のことを思い返して考えているうちに、2つのことをやろうとしていることに気づきました。

1つは「ただただ、自分の中にあるものを出すこと」、もう1つは「ヴァイオリン(または音、音楽)との関係を新たに作ること」。

後者は、毎日でなくとも、ゆっくり続けていこうと思います。

前者のほうは、私の場合は「とにかく出すこと」と「出している【今】にいること」をするという意味があるのですが、よくよく考えてみたら、別の形でも行っていることに気がつきました。

例えば、感じていること、思っていること、考えていること、気づいたことなどがあった日は、ただただ日誌に書くことを始めていたり

これまでに、ある人(何人かの人たち)との関係において「伝えておこう」と思いながら、それが出来ていなかったことについて、長い文章を書くことをしたり

今日だと、このブログを書いていることが、それに当たるかなと思います。

そういう日は別の形で出すことをしているので、「もういいわ」と思うんだなと思いました。(たぶん)

(たぶん)と書いたのは、ここまで書いてきて、今ふと、別の気づきが出てきたからです。
それについては、もう少し考えてみたいと思います。



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posted by YUKI HIRANO at 11:58| 日々の出来事