2017年01月23日

わたしの表現

皆さん、こんばんは。
このところ、冷え込んでいますね。
あまりに寒いので、新年早々ジョギングは
皆さんの予想どおり(?)三日坊主になってしまいましたぁふらふら

さて、昨日ヒーリング・クラスが終了し
今日は、久々のオフ!ということで
映画「沈黙」を観に行ってきました。
原作の遠藤周作氏の「沈黙」は、私の好きな本の1つなのです。

私は生まれてすぐに洗礼を受けていて
何十年と毎週日曜日に教会へ通っていました。
大学生になってからは、子どもたちに対して
キリストの教えを話す立場にいましたし
ミサでは、オルガンを弾いたりもしていました。
私の根底には、キリスト教の神の教えがありました。

でも、大人になるにつれて、色々な葛藤が起こりました。
それは、この世を生きることと
教会で言われる神の教えとの間に
矛盾を感じたからでした。
私がこの世で、この社会で、私を生きることと
神の教えが両立しない。
神の教えを守ると、私は、この世で生きていられない・・・
このように文章で書くと、馬鹿げたことのように見えるかもしれませんが
当時の私は、そのことで非常に悩み、迷い、葛藤し、苦しんでいました。
振り返れば、生と死の境目にいたと思います。

遠藤周作さんの小説は、そんな私の救いでもありました。
彼の小説には、とても弱い人間が登場します。
でも、その弱い人間に対しての遠藤周作さんの愛を感じて
救われることも多々ありました。

結局私は、この世で生きることを選びました。
そして、教会へ行くことをやめました。
神を避け、宗教を避け、この世で生きながら
たくさんの人達に助けてもらいながら、自分の心を癒してきました。
失ってしまった自分を支える土台を、ゼロから探し始めました。

その中で、ヒーリングと出会い、セラピーと出会い
10数年を経て、また神と出会うことになりました。
昔の私にとって、神というものは、外側にいる存在でした。
私には力はなく、神に守られ、神のいうことを聞き
よい子でいることが、私の人生でした。
私を生きていなかったし、神に依存していたと思います。

今の私にとって、神は、私の内側にもいます。
もちろん、私には、怒りや憎しみという感情もあります。
でも、それらと共に、神聖なものがあることを知っています。
そして、それは、皆さんの中にも感じます。
最近、その感じたものを、音にするようになりました。
その人の中にある、その人の音を、感じとって、形にする。
そのことに、喜びも感じています。
こんなことを、ヒーリングやセラピーと共に
やっていけたらいいな、と思っています。



平野有希のHP:http://y-hirano.skr.jp/
障がいをお持ちの方への音楽アトリエ:http://y-hirano.sakura.ne.jp
posted by YUKI HIRANO at 21:48| 日々の出来事