2026年01月03日

2026年が始まりました

皆さま、2026年が始まりましたね。
どのようなお正月を迎えておられるでしょうか?

私はゆっくりしながら、一方では追いついていない仕事の雑務をこなしていますあせあせ(飛び散る汗)

冬至に宣言した「ヴァイオリンで、ただただ音を出す時間を持つ」ということは、毎日は行えていないのですが、やってみて気づいたことがありました。

それは「ただただ音を出す時間を持つ」ことを毎日していると、お腹がいっぱいになる感覚になるということでした。(これは一般的にいう「ヴァイオリンの練習」とは別のことをしています。)

もちろん、肉体のお腹がいっぱいになるわけではないですよ!なんというか「今日はもうしなくていいわ」という感覚と言えばいいでしょうか。

私は飽き性ではないですし、よくも悪くも、決めたことを病気でもやり通す力はありますので「サボるための言い訳」ではないのですが、何か自分の中のバランスの問題が生じていると感じました。

それで、「ヴァイオリンで、ただただ音を出す時間を持つ」と宣言した時のことを思い返して考えているうちに、2つのことをやろうとしていることに気づきました。

1つは「ただただ、自分の中にあるものを出すこと」、もう1つは「ヴァイオリン(または音、音楽)との関係を新たに作ること」。

後者は、毎日でなくとも、ゆっくり続けていこうと思います。

前者のほうは、私の場合は「とにかく出すこと」と「出している【今】にいること」をするという意味があるのですが、よくよく考えてみたら、別の形でも行っていることに気がつきました。

例えば、感じていること、思っていること、考えていること、気づいたことなどがあった日は、ただただ日誌に書くことを始めていたり

これまでに、ある人(何人かの人たち)との関係において「伝えておこう」と思いながら、それが出来ていなかったことについて、長い文章を書くことをしたり

今日だと、このブログを書いていることが、それに当たるかなと思います。

そういう日は別の形で出すことをしているので、「もういいわ」と思うんだなと思いました。(たぶん)

(たぶん)と書いたのは、ここまで書いてきて、今ふと、別の気づきが出てきたからです。
それについては、もう少し考えてみたいと思います。



平野有希のHP:https://y-hirano.skr.jp/
posted by YUKI HIRANO at 11:58| 日々の出来事

2025年12月23日

冬至の日から始めました

皆さん、こんにちは。

12/22に冬至を迎えましたね。
これを境に、陽の光が増していきます。

日本では1/1から一年が始まるとする慣習がありますが、近年私は、冬至から新たに始まる感覚を得ています。

私はあまり星回りについては詳しくありませんが、ある方とお話していて、今年の冬至は「これまでの想いのようなものが、形になっていくエネルギーを持っている」と聞きました。

その方と話しているうちに、これまで構想がありながらも形にできていなかったことを、冬至の日から夏至の日まで とにかく毎日やることを決めました。(それがライブ配信での会話だったので、公言してしまいましたあせあせ(飛び散る汗)

それは何かというと、「バイオリンで、ただただ音を出す時間を持つ」ということ。

私は2020年から、「ヨガ・オブ・ボイス」という21分間 声をただただ出していくプログラムを、仲間とともに提供しているのですが、そのバイオリン・ヴァージョンをやってみたいと以前から思っていました。

それをまずは私一人でもやってみることにしたのです。といっても、声を違ってバイオリンは、音を出せる時間や場所が限られますので、朝から晩まで仕事だったり研修がある日は物理的に難しい。

そんな日は、バイオリンの代わりに「声」で行うことにしようと決めました。

早速、昨日からスタートしましたよ。
初日は私のライブ配信を聞いてくださっていた方と、お試しでZOOMでご一緒してもらいましたぴかぴか(新しい)

他の人と一緒にやると、色々と物理的に考えていく必要があることが見えてきました。ありがたいことです。

「ただただ音を出していくこと」は、私自身にとってもそうですが、バイオリンの生徒さんたちにも味わってもらいたいと、前々からずっと思っていました。

バイオリンに限らないとは思うのですが、楽譜のある音楽を演奏する時に、音符を音にすることに必死になり、音は合っているのか?、リズムは合っているのか?、ボーイング(弓の方向)は合っているのか?ということだけを気にしてしまうということがあります。

また、今の音は汚くて嫌な音だった、どうしてできないんだろう、というように、自分を責める方向に行ってしまうことも多々あります。

教える側としても、どう教えるかということは非常に悩ましく、生徒さんが楽譜と違う音を弾いていて、そのことに気づいていない場合は、気がついてもらうようにする必要があると思いますし、音程がわかりにくいと感じている人に対しては、一緒に弾いたり、ピアノを弾いたりして、その違いを経験してもらえるようにと思います。

でも同時に、ただただ音を奏でることも、実はレッスンの中で伝えていきたいことの1つです。

2026年5月に生徒さんの発表会があるので、個人レッスンでは、どうしても弾く曲を教えていくことになりますが、ゆとりがある人や行き詰っている人とは、レッスンでもやってみようかなと、ブログを書きながら思っていました。

少しずつ、教えていく内容や教え方を変えていきたいと思っています。



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posted by YUKI HIRANO at 12:53| 日々の出来事

2025年11月14日

ダイビング&シュノーケリング

皆さん、こんにちは。
金木犀の香りを楽しむ季節から、一気に晩秋モードに。
我が家の亀は冬眠に入り、ぐっすりと眠りについています。
(水槽の掃除をしなくていいので、楽になりましたわーい(嬉しい顔)

うちの亀は普段は肺呼吸ですが、冬眠中は皮膚呼吸をしているとか???
水中でじっとしているところを見ると、生き物ってすごいなぁと思います。

さて先月末、今年二度目のダイビングに行ってきました。いつものダイビングショップさんのご都合で、今回は他のショップさんの船に乗せてもらうことに・・・。(それも毎日異なるショップさんの船に)

私にとってダイビングは、ある意味「チャレンジ」なことなので、知らない船に乗るという時点で潜る前から結構なプレッシャーになりましたあせあせ(飛び散る汗)(船の使い勝手がわからない、トイレや潜るタイミングの違い、ゲスト的な扱いになるなど・・・)

いつもと勝手が違うので、いろいろな失敗続出?でしたが、いつもの船では行かない場所に行くことができました。

自分の体より大きなウミガメさんに会えたり、イソギンチャクとの写真を撮っていただいたりと、嬉しいこともありました。

ダイビング中はよかったのですが、浮上したところ、海面の流れが速くて、泳いでも泳いでも全然船に戻れなくて、ガイドさんと必死に泳ぐという羽目にふらふら いやぁ、焦りました。足は鍛えないといけませんねぇ。

2日間のダイビングの翌日は、新しいチャレンジとして、シュノーケリングに臨みました。

というのも、ダイビング後はすぐに飛行機に乗ってはいけないので、いつも一日休息日を取っていたのですが、その日を有効に使いたいなぁと思ったからです。

ダイビングはずいぶんと慣れ、レギュレーター(口に加えるもの)さえ咥えていて、タンクに空気があり、機器のトラブルがなければ、水中でも息ができるということを体が覚えてきたのですが

シュノーケリングは海面で筒を加えているだけ。筒に水が入ったらむせるし、顔をあげて波がやってきたら呼吸が出来なくなる・・・という恐怖がありました。

私の行きつけのダイビングショップでは、シュノーケリングはやっていないので、初めてのシュノーケル専門店に行き、半日シュノーケリングを。私以外にシュノーケリング経験者の親子(大人2人)が参加していました。

ここで再トラウマになるかという出来事が起ころうとは思いもしませんでしたがく〜(落胆した顔)
初めはダイビング同様、ガイドさんと一緒に泳いでいたのですが、途中でフリータイムとなったのです。(そんな話聞いてない・・・汗)

ガイドさんが言うには「これから自分は船まで泳いで船を取ってくるので、ここに目印として浮き輪のようなものを浮かべておくから、泳ぎ疲れたら浮き輪につかまって休憩してください」とのこと。

「えー」と思ったけれど、仕方がない。フリータイムになると、経験者の親子二人はそれぞれ別の方向に散っていき、私の視界からはさっさと消えていきました。

はい、海で一人ぼっちになった感じです。頭を何度か上げてあちこちを見てみたのですが、人の姿は見えないし、目印さえもどこにあるのか見えなくなってしまいました。ものすごく焦り、そこから「頭を上げるのが怖い」モードに入ってしまいました。

「頭を上げて、やはりそこに誰も見えなかったらどうしよう」という恐れから、逃避モードとなり、目印を置いてもらっていただろう付近からあまり離れないように、そのあたりの海の中をひたすら眺めているという状態に。。

しかしながら疲れてきて、仕方なく顔を上げたところ、私の目の前には果てしなく広がった海と誰もいない景色が広がっていました。これこそ恐れていた景色 もうやだ〜(悲しい顔)

子どもの頃に海で流された状態が思いだされて、ちょっとまずいと思いましたが、勇気をだして、ぐるっと見渡してみると、ずいぶん遠く向こうのほうに船が見えました。

「えっ?なんでそんなところに?」という感じでしたが、私が方向感覚を失っていたのでしょうね。そちらに必死に泳いでいくと、ガイドさんにも私の姿が見えたようで、無事船に戻ることができました。

教訓「時々顔をあげて、船の場所を確認することひらめき

今年からアレクサンダー・テクニークという体の使い方を学んでいるので、海の中でも楽に泳げたり、恐怖感が減ったりするのでは?と思ったのですが、今回は難しかったです。

というのは、シュノーケルの筒を海面に出しておくため、また周囲を見渡して他の人たちがどこにいるのかに注意を向けるために、顔を海底に対して真下に向けるのではなく、目線は少し行先方向に向ける姿勢だったことに加えて

シュノーケルの筒に水が入ってきても「フッ」と息を吐ききれるように、私が常に呼吸をコントロールしようとしていたため、おそらく体に(特に首・肩の筋肉に)力が入ってしまっていたのでしょう。

いやぁ難しい。でも、そのようなことを泳いでいる間に考えられていた(何度か楽な体の保持の仕方を探そうとしていた)ので、よかったかなぁと思います。

ダイビング写真.jpg
イソギンチャクを眺めるの図
(ガイドさんと1:1のダイビングだったので、ゆっくり眺めることができましたぴかぴか(新しい)

シュノーケリングでも、たくさんのイソギンチャクさんに会えました。フリータイムだったので、これまたゆっくりと眺めることができたことが一番の思い出です。

わかったこと「私はシュノーケリングよりダイビングのほうが好き」




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posted by YUKI HIRANO at 18:11| 日々の出来事